5月「主の復活への参与」

          (ルカによる福音書24:13-35)

                          池 永  倫 明

「ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村に向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていた。話し合い論じ合っていると、イエスご自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった…」

ルカという聖書記者は使徒パウロの弟子でルカ福音書と使徒言行録を私共に記録してくれた方で、いわばレオナルド・ダヴィンチのようなオールマイティの天才であり、優れた医師、歴史家で、使徒パウロに従って地中海地方に伝道旅行をして、後代の人々に使徒たちの語った言葉と行動を書きとめたギリシア人です。

本日のエマオ途上の二人の青年の復活経験の記録ですが、一人はクレオパという名前を定して記されており、聖書学者はおそらくルカがクレオパが残した日記を読み、その内容をしっかり生かしつつ、ルカが優れた文章で二人の青年の復活経験を私共に証言していると言っています。

使徒パウロはⅠコリント書十五章で、キリストの復活経験をした人数をほぼ五百人であると証言し、神は人類の中から僅か五百人だけを選んで復活経験をさせ、後はこの五百人の復活経験を周囲の人々に証言をし、それが後代の人々にも伝えられるように定めたというように証言しています。この五百人の中に、本日の二人の青年が加えられています。

復活の主イエス・キリストは、絶望感に打ちひしがれて郷里に帰る二人に出会い、旧約聖書の約束について語りかけ、宿屋で食事の交わりをされました。復活の主は一方的に御自身との交わりを人間の中に起こしてゆかれます。地上のイエスが信仰をもつ病人の手を取り、「あなたの罪は赦された。さあ立ち上がって歩みなさい」と言われたとき、実は天地創造の全能の神の御手がその人にふれておられたということが、キリストの復活によって証明されたのです。神はイエス・キリストを通して、人間との信仰の交わりを求めて下さるのです。

エマオの途上で復活の主イエスは、旧約聖書が約束する父なる神の信実は必ず成就することを二人の青年に説き明かし、パンを取り、讃美の祈りをし、そのパンを裂いて二人に渡すという交わりを通して、二人の目を開かれたのです。二人はキリストの復活経験をして、旅の方向を逆転してエルサレムに向かって喜びの証人として感謝の生き方に方向転換していったのです。復活の出来事は、神の側の出来事ですが、今後はそれを知った人間の側が積極的にキリストの復活に参与し、終りの日にキリストにある者が復活の約束の希望に立たされる中で主に従って歩むのです。