2016年11月「死者の復活」

「この人たちは、もはや死ぬことがない。天使に等しい者であり、復活にあずかる者として、神の子だからである。」

(ルカによる福音書20章36節)

牧師 黒 田 浩 史

復活を信じるか否かは、キリスト教信仰の根幹に関わる問題です。

イエス様の時代、ユダヤ教の中でも死者の復活を信じるファリサイ派と、信じないサドカイ派という学派に分かれていました。サドカイ派は、主に祭司階級などの比較的裕福な人たちが多く、この世の生活で満たされていたため、復活を信じる必要もない人たちだったのでしょう。

それだけでなく、彼らは旧約の中でも「モーセ五書」と呼ばれる書物のみを経典としていたのですが、これらはまだ復活信仰が発達していない頃に書かれたものだったのです。

しかし、時代が下ると、旧約の中でも復活について言及する箇所が現れてきます。

というのも、旧約の本来の教えは、正しい人は繁栄し、悪には滅ぶというものですが、しかし必ずしもそうはなっていない現実が人々を悩ませていたからです。神様の正義が貫かれるためには、義人はこの世の命の後で神様の恵みや祝福に満たされるという信仰が発達するようになりました。

さて、復活を信じないサドカイ派の人たちが、イエス様に論争を挑みました。「ある女性が結婚したが、夫が亡くなり、別の男性と結婚した場合、もし死後の復活があるなら、そのときこの女性は誰の妻になるのか」というものです。旧約においても、兄が亡くなった場合、弟は兄の妻をめとって跡継ぎを残すという規定がありました(申命記25:5)。

これに対し、イエス様は、「復活した人たちは、もはや死ぬことはないので、めとったり嫁いだりもしないし、天使に等しい者となる」と答えられました。不死であれば子供を残す必要はないので結婚の必要もなくなるため、地上における夫婦や親子のような関係は存在しなくなるということでしょう。

しかし、その姿は地上の私たちの想像を遥かに超えているため、「どのような姿になるかは、まだ示されていません」とも言われています(一ヨハネ3:2)。

イエス様は、復活があることの根拠として、旧約時代、神様は苦しみの中から叫ぶ信仰者たちに耳を傾け、助けの御手を差し伸べられた出エジプトの出来事について語られました。そのとき、人々は神様が必ず助けてくださると信じて、困難はありながらもその指示に従い大胆に行動していきました。

このように神様の助けは必ず来ると信じる信仰が、後の復活信仰へと繋がっていったのです。

その神様の救いの御業は、自分が生きている間に起ころうとも、死後起ころうとも、必ず起こると信じる信仰です。

これは、神様の正義を信じる信仰でもあります。それがたとえ自分の死後であっても、神様の正義は必ず貫かれることを信じるのです。

イエス様も、この後、十字架へと向かわれますが、苦しい十字架の向こうに神様が復活を備えてくださることを信じて、辛い道のりを歩まれました。

私たちの身の周りの現実は、神様の正義が踏みにじられているようなことばかりかもしれませんが、旧約時代の人々が神様の救いの御手を信じて行動したように、またイエス様が復活を信じて十字架に向かわれたように、私たちも神様の御業が必ず遂げられることを信じて歩みましょう。