2017年10月「心の方向転換」

「徴税人や娼婦たちの方が、あなたたちより先に神の国に入るだろう。」

(マタイによる福音書21章31節より)

牧師 黒 田 浩 史

イエス様の譬え話です。

「ある人に息子が二人いたが、彼は兄のところへ行き、『子よ、今日、ぶどう園へ行って働きなさい』と言った。兄は『いやです』と答えたが、後で考え直して出かけた。弟のところへも行って、同じことを言うと、弟は『お父さん、承知しました』と答えたが、出かけなかった。この二人のうち、どちらが父親の望みどおりにしたか。」(マタイ21:28-31)

ポイントは、後で考え直したかどうかです。徴税人や娼婦たちは、洗礼者ヨハネの教えを聴いて悔い改めました。ここでは、兄のほうに譬えられています。ところが、当時の宗教的指導者たちは、ヨハネを信じようとしませんでした。ここでは、弟の方に譬えられていて、イエス様は彼らを咎めておられます。

しかしよく考えてみると、「いやです」と答えた兄は、とても正直な人だったのでしょう。昔のことですから、父親の言いつけは、そう簡単には断れなかったはずです。誰しも楽をしたいものです。自分の本当の気持ちを素直に言えた兄の姿は、私たちも神に対しては素直になり、ありのままの姿でいいことを表しています。

けれども、そうした素直な気持ちの中に同時に、父親の役に立ちたいという思いも存在していました。一人の人間の心の中に、二つの思いが同時に存在しているのです。兄はその素直な気持ちに従い、後で考え直してぶどう園に出掛けたのでした。

では、イエス様と出会った私たちの本当の気持ちとは、いったいどういう気持ちでしょうか。イエス様は、十字架に掛かり復活された方です。十字架は辛くて苦しいものですから、誰しも避けたいと思います。しかし同時に、イエス様の貧しくへりくだった姿や、人のために生きる姿にも、私たちは心を惹かれるのではないでしょうか。

「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です」と聖書は語っています(一コリント1:18)。イエス様の十字架の姿に心を惹かれ、その後に従う私たちには、神の力すなわち復活の力が与えられます。この世でどんなに困難や辛いことがあっても、神様の力によってこれらを乗り越えていくことができるのです。