2018年5月 愛の掟

あながたがも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる。(ヨハネによる福音書15章10節より)
牧師 黒田浩史

イエス様は「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である」(5節)、「わたしにつながっていなさい」(4節)と仰せになりました。主日礼拝に集うことによって、私たちはイエス様とつながります。
そしてイエス様は「あながたがも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる」とも仰せになりました(10節)。イエス様の掟とは、「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい」との掟です(12節)。この掟を守ることによっても、私たちはイエス様とつながることができます。

イエス様は「互いに愛し合うならば、それによってあなたがたがわたしの弟子であることを、皆が知るようになる」とも仰せになりました(ヨハネ13:35)。弟子たちが互いに愛し合う姿を見て、まだ信じていない人たちがイエス様を信じるようになるというのです。
使徒言行録には、初期の教会の様子が記されています。「信じた人々の群れは心も思いも一つにし、一人として持ち物を自分のものだと言う者はなく、すべてを共有していた。使徒たちは、大いなる力をもって主イエスの復活を証しし、皆、人々から非常に好意を持たれていた」とあります(使徒言行録4:32-33)。イエス様の復活を信じた人たちが、その教えに従い、互いに愛し合っている姿を見て、まだ信じていない人たちが信じて教会に加わってきたのです。「弟子の数はエルサレムで非常に増えていった」とあります(使徒言行録6:7)。

この掟の前半では、「わたしがあたがたがを愛したように」と言われています。イエス様が私たちに数多くの恵みを注いでくださり、特に十字架の上で私たちの罪の赦しのために苦しんでその命を献げてくださったことを意味しています。
私たちはまずは、自分の罪の大きさを思い、心から悔い改める必要があります。そして、イエス様が自分に対して、さまざまな形で愛を示してくださったことを思い起こす必要があります。

イエス様の愛を感じ、これに心から感謝して、私たちも互いに愛し合う者となれるように、ペンテコステ(聖霊降臨祭)を迎えるこの季節、聖霊の恵みを切に願い求めましょう。