教会修養会報告

今年の修養会のテーマは「キリスト教の葬儀について」という身近なテーマで、6月17日(日)12時30分より、25名の参加で開催されました。最初に全員が会堂に集い、I長老の司会で讃美歌320番を歌い、司会者の聖書朗読(フィリピの信徒への手紙3章12-14節)と開会祈祷に続き、上記テーマについての講義を約40分黒田牧師にしていただき、その後H書記長老より、葬儀・納骨式関係を含む教会関係諸経費の一覧表について説明があり、その後A・B・C3班に分かれて約1時間自由な話し合いを持ちました。再び14時40分から会堂に集合し、黒田牧師への質問やグループ発表が行われ、黒田牧師の総括後予定通り15時10分に仁木長老の閉会祈祷を持って終了しました。
黒田牧師の講義は、1.異教世界からキリスト教世界へ(王侯貴族に限られた丁重な葬りからキリスト者全ての人の葬りへ)、2.キリスト教の葬儀(カトリックとプロテスタント、ヨーロッパと日本)、3.日本独自の発展(通夜・献花・火葬と納骨)、4.葬儀の意味(主として遺族を慰めるため)、5.死者の理解(新約時代以降:今は眠っている。死後肉体と魂の分離は24時間かけて行われる。)、6.葬儀をお願いするときは(当日の資料をご覧ください。)、7.葬儀式の流れ(資料参照。故人の経歴をまとめておくこと。)でした。
全体討議での質問(回答)は、①教会での葬儀は非教会員の場合配偶者と一親等まで、②遺体に対する敬意の表現は様々でルールはないこと、葬儀は聖礼典(洗礼・聖餐式)に含まれずその人の救いとは無関係のもの、③分骨は遺族にとっては負担になること、④仏教式の葬儀の参列には極端にならないよう個人で判断すること、などでした。各班からの報告は共通して、経験者からの具体的な情報が共有できたことやエンディングノートを作成する必要性についてでした。C班から教会への提案として、一人では書けないエンディングノートを婦人会などが中心となって取り組むのはどうか、また近親者の死に際しすぐに牧師(と次に葬儀社)に連絡することはもちろんであるが、長老や執事に相談支援役の人がいると助かるのではないか等がありました。最後の黒田牧師の総括では、「アメリカから入って来たプロテスタントの葬儀は、日本の習慣の影響を受けて日本式のものになったが、最近は日本の習慣そのものがどんどん変わってきて、葬儀もまた一定の形式ではなくなり多様化している。(前夜祈祷会の省略など)。住吉教会でも信仰に反するものでさえなければ、故人と遺族の意向を取り入れて柔軟にやっていきます。」と話されました。
以上、閉会祈祷での言葉「終わりの時であり、始まりの時」を覚え、感謝して報告いたします。