2018年9月 人の内側の汚れ

「人の中から出て来るものが、人を汚すのである。」(マルコによる福音書7章20節)
牧師 黒田浩史

当時の宗教の指導者であるファリサイ派の人々と律法学者たちが、イエス様のことを非難しました。彼らは、イエス様の弟子たちの中に汚れた手、つまり洗わない手で食事をする者がいるのを見て、「なぜ、あなたの弟子たちは昔の人の言い伝えに従って歩まず、汚れた手で食事をするのですか」とイエス様に尋ねました(5節)。
ファリサイ派の人々をはじめユダヤ人は皆、昔の人の言い伝えを固く守って、念入りに手を洗ってからでないと食事をせず、また、市場から帰ったときには、身を清めてからでないと食事をしませんでした。そのほか、杯、鉢、銅の器や寝台を洗うことなど、昔から受け継いで固く守っていることがたくさんありました(3-4節参照)。

そこでイエス様は彼らに、「あなたたちは神の掟を捨てて、人間の言い伝えを固く守っている」と言われました(8節)。「人間の言い伝え」とは、聖書には記されていませんが、後の時代に付け加えられた掟のことで、上記のように昔から受け継いでファリサイ派の人々をはじめユダヤ人が固く守っている掟がたくさんありました。
これに対し「神の掟」は、神様が私たち人間に守るようにと教えておられる掟のことです。神様は旧約時代に民の指導者モーセを通して、数々の掟をお与えになりました。これらの掟を民に教える前にモーセは、「今、わたしが教える掟と法を忠実に行いなさい。そうすればあなたたちは命を得、あなたたちの先祖の神、主が与えられる土地に入って、それを得ることができるであろう」と言いました(申命記4:1参照)。神様が与えられる掟を守るならば、神様が豊かな恵みを与えてくださるというのです。
これらの掟こそ大事ですから、イエス様は後の時代に付け加えられた掟は守らなくてもいいと仰せになったのです。食べ物に関する掟についても、守らなくていいと考えておられたと言われています(15節参照)。

そして、「外から人の体に入るもので人を汚すことができるものは何もなく、人の中から出て来るものが、人を汚すのである」、「中から、つまり人間の心から、悪い思いが出て来るからである。みだらな行い、盗み、殺意、姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別など、これらの悪はみな中から出て来て、人を汚すのである」と仰せになりました(20-23節)。
心の中の悪い思いを取り除き、良い思いが言葉や行いとなって外に出て来るようになりたいものです。