近畿中会壮年部修養会報告

2018年9月24日(月)11:00~15:30に、大阪北教会の礼拝堂で、隔年に実施される近畿中会壮年部修養会が開催されました。出席者は、72名(内教職者20名)で、当教会からは、黒田浩史牧師他全4名が出席しました。

午前の部は、開会祈祷に引き続き、福岡城南教会の澤正幸牧師による講演がありました。演題は「信仰の継承における壮年部の役割」で、次のような講演内容(要旨)でした。

少子高齢化の中で、キリスト教のカトリック、プロテスタントのみならず仏教会や他の諸宗教界各分野で信仰の継承が深刻な課題となっている。

信仰の継承について、わたしたちの姿を映し出すみ言葉として申命記5:16「あなたの父母を敬え。~そうすればあなたは、あなたの神、主が与えられる土地に長く生き、幸いを得る」、エフェソ書6:2-3「父と母を敬いなさい。~そうすれば、あなたは幸福になり、地上で長く生きることができる」がある。自らの子どもが、「両親のような信仰」を継承したいと願ってほしいものである。しかしながら、子どもや孫世代に継承しているとはいいがたい現実がある。どうやってこの子たちに信仰を継承したらいいのだろうか。

そのことを検討する前に確認しておきたいことがある。一つは、信仰の継承は神の恵みに他ならないことである。二つ目は、神様はわたしたちを選ばれるとき、わたしたちの子孫のみならず、わたしたちの父母や先祖をも選ばれるということである。第三は、神様はわたしたちを信仰者として選ばれるとき、わたしたちの子どもたちを信仰の継承者として選ばれているということである。

しかし、「信仰の継承」を困難にしているものの正体、危機の根源を明らかにしなければならない。

使徒言行録5:29には「人間に従うより神に従わなければなりません」とある。我が国における深刻な課題として、親の権威が否定されているといえる。親の権威が否定されると神の権威も否定される。すべての権威は神に仕えるために立てられたのである。神から授かった親の権威が否定された中で育った子どもが親になったとき、いったいどこに立って、いかなる親の権威をもって子どもを育てるのか。この世の権威に従うようになると、信仰の継承は途絶える。わたしたちは、子どもたちに信仰に立って神に従いなさいと教えてこなかったのではないか。今の時代は本当に親が子どもを愛している時代だろうか。何としても、親の信仰を継承してほしいと祈り求めてきただろうか。親の子どもへの愛不足に比例して、子どもの親に対する愛はやせ細っているのではないか。

それでは、「信仰の継承」を回復するためにはどうしたらよいのか。わたしたちキリスト者にとって、信仰が子どもたちに継承されること以上の喜びはない。そのためには、まず、礼拝が信仰の継承の場とならなければならない。マタイ18:20には「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいる」とある。礼拝に集まる二人または三人とは、何よりもわたしとわたしの子どもたちととらえたい。また、礼拝は兄弟姉妹の交わりの中で守られる。礼拝において、隣人や子どもや孫は欠くことができない存在と言える。次に、祈祷会である。祈祷会において礼拝をどう支えるかが問われている。祈祷会を通して聖霊の風が吹く教会でありたい。最後に主の食卓の交わりとしての聖餐式の大切さである。聖餐式は終末的出来事の前触れである。アウグスティヌスは聖餐式を「愛の絆」と表している。わたしたちは聖餐にあずかることによって神様の愛を伝えていくことこそ、信仰の継承につながるといえよう。

午後からは、高知旭教会青木謙執事による30代の立場からの講演があり、全体協議となりました。小児洗礼による信仰の継承問題、信仰告白問題、壮年部・青年部の位置づけ問題、結婚しない世代の信仰継承問題等、限られた時間ではありましたが、多岐にわたり意見が飛び交いました。天候にも恵まれ充実した壮年部修養会でした。