2018年12月 目覚めて待つ

「いつも目を覚まして祈りなさい。」
(ルカによる福音書21章36節より)
牧師 黒田浩史

終末についてのイエス様の御言葉です。終末すなわちこの世の終わりが訪れる前に、次のようなことが起こると仰せになりました。
「わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがそれだ』とか、『時が近づいた』とか言う」(8節)。「戦争とか暴動のことを聞」く(9節)。「民は民に、国は国に敵対して立ち上がる。そして、大きな地震があり、方々に飢饉や疫病が起こり、恐ろしい現象や著しい徴が天に現れる」(10-11節)。「それから、太陽と月と星に徴が現れる。地上では海がどよめき荒れ狂うので、諸国の民は、なすすべを知らず、不安に陥る。人々は、この世界に何が起こるのかとおびえ、恐ろしさのあまり気を失うだろう」(26節)。

このようなことが起こった後にこの世の終わりが訪れるというのですが、「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない」とも仰せになっています。「子」とはイエス様のことです(マルコ13:32参照)。「その日が不意に罠のようにあなたがたを襲うことになる」とも仰せになりました(34節)。

しかし、イエス様を信じる私たちに対して「あなたがたの解放の時が近いからだ」(28節)と言われているように、救いの完成を待ち望み、希望のうちに終末を迎えるようにと言われています。
そして、「放縦や深酒や生活の煩いで、心が鈍くならないように注意しなさい」と仰せになりました(34節)。この御言葉は、この世の物質的な豊かさを警戒するようにという意味でもあります。物質的に豊かであると、神様に頼らなくなる危険があるからです。

ですから、常に心を神様の方へ向け、「いつも目を覚まして祈りなさい」と仰せになりました(36節)。「いつも目を覚まして」というのは、夜も寝ないでという意味ではありません。「いつも心を神様の方へ向け、終末への相応しい備えをするように」とイエス様は仰せになるのです。
そうした相応しい備えとして、イエス様は愛の業を勧めておられます(マタイ25:31-46参照)。