2019年3月 偽善者

「偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。」(ルカによる福音書6章42節)     

牧師 黒田浩史

イエス様の教えは大変難しく、だれも守ることができないのではないかと思うことがあります。しかし、私たち人間が地上では完全には守れなくても、やがて天国に迎え入れられ、救いが完成するときに完全に守れるようにしていただけます。

ですから、「弟子は師にまさるものではない。しかし、だれでも、十分に修行を積めば、その師のようになれる」と仰せになりました(6:40)。「師」はイエス様のことですから、「弟子」である私たちキリスト者は、イエス様のようになれるよう、イエス様のお姿にならい、その姿に少しずつ近づいていくのです。

「あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。自分の目にある丸太を見ないで、兄弟に向かって、『さあ、あなたの目にあるおが屑を取らせてください』と、どうして言えるだろうか。偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目にあるおが屑を取り除くことができる」とも仰せになりました(6:41-42)。

他人の欠点はよく目につきますが、自分の欠点はなかなか気づかないものです。しかしイエス様は、「まず自分の欠点を取り除きなさい」と仰せになります。聖書の御言葉に照らし合わせて、その教えに背く行いがあれば、もうしないように気を付けるのです。

「悪い実を結ぶ良い木はなく、また、良い実を結ぶ悪い木はない。木は、それぞれ、その結ぶ実によって分かる」(6:43-44)という教えでは、「木」は人の心、「その結ぶ実」は人が発する言葉を意味しています。心が悪ければ、悪い言葉が出て来るのです。ですから、まずは心を清めなくてはなりません。人のことを妬んだり悪く思ったりする心を改めて、神様に感謝し、人にも感謝する心を養う必要があります。

私たちキリスト者の生きる目標はイエス様です。イエス様のお姿に少しでもならいたいものです。