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2019年11月 罪の赦しと償い

わたしは財産の半分を貧しい人々に施します。(ルカによる福音書19章8節)

牧師 黒 田 浩 史

イエス様は、エルサレムに向かう旅の途中、エリコに入り、町を通っておられました。そこにザアカイという人がいました。この人は徴税人の頭で、金持ちでした。イエス様がどんな人か見ようとしましたが、背が低かったので、群衆に遮られて見ることができませんでした。

それで、イエス様を見るために、走って先回りし、いちじく桑の木に登りました。イエス様がそこを通り過ぎようとしておられたからです。

イエス様はその場所に来ると、上を見上げて言われました。「ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい。」ザアカイは急いで降りて来て、喜んでイエス様を迎えました。これを見た人たちは皆つぶやきました。「あの人は罪深い男のところに行って宿をとった。」

しかし、ザアカイは立ち上がって、主に言いました。「主よ、わたしは財産の半分を貧しい人々に施します。また、だれかから何かだまし取っていたら、それを四倍にして返します。」イエス様は言われました。「今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの子なのだから。人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。」(ルカ19:1-10)

イエス様はザアカイの罪を赦し、そのままの姿で受け入れてくださいました。これがイエス様の愛です。イエス様の愛を受けた人は、罪を悔い改め、赦されたことに感謝します。そして、感謝の業として、罪を償うような気持で、今度は人を愛する者とされます。

私たちも罪を赦されたことに感謝し、人を愛する者とされたいものです。

2019年10月 からし種一粒の信仰

わたしどもは取るに足りない僕です。しなければならないことをしただけです。(ルカによる福音書17章10節)

牧師 黒 田 浩 史

使徒たちが、「わたしどもの信仰を増してください」と言ったとき、主キリストは言われました。

「もしあなたがたにからし種一粒ほどの信仰があれば、この桑の木に、『抜け出して海に根を下せ』と言っても、言うことを聞くであろう。」(ルカ17:5-6)

小さな信仰でも、信仰がある人の上には、神様が偉大な御業を起こしてくださいます。

また次のようにも言われました。

「あなたがたのうちだれかに、畑を耕すか羊を飼うかする僕がいる場合、その僕が畑から帰って来たとき、『すぐ来て食事の席に着きなさい』と言う者がいるだろうか。むしろ、『食事の用意をしてくれ。腰に帯を締め、わたしが食事を済ますまで給仕してくれ。お前はその後で食事をしなさい』と言うのではなかろうか。命じられたことを果たしたからといって、主人は僕に感謝するだろうか。あなたがたも同じことだ。自分に命じられたことをみな果たしたら、『わたしどもは取るに足りない僕です。しなければならないことをしただけです』と言いなさい。」(ルカ17:7-10)

別の箇所では、こうも言われました。

「腰に帯を締め、ともし火をともしていなさい。主人が婚宴から帰って来て戸をたたくとき、すぐに開けようと待っている人のようにしていなさい。主人が帰って来たとき、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。はっきり言っておくが、主人は帯を締めて、この僕たちを食事の席に着かせ、そばに来て給仕してくれる。」(ルカ12:35-37)

主の再臨を待ち望みつつ、この世で与えられた勤めを忠実に果たす僕となりたいものです。

日曜学校夏期学校報告

8月24日(土)、午前9時から12時30分まで、住吉教会において日曜学校の夏期学校を実施しました。心配していた天候にも恵まれ、生徒は小さな幼児から小学生まで32名、大人は教師と保護者で21名の参加があり、久し振りに教会の庭に子どもたちの賑やかな歓声が響き、恵まれたひと時を過ごすことが出来ました。

礼拝から始まり、H校長先生がルカによる福音書24章36~43節を通して「魚を食べたイエス様」というお話をされました。

その後、お楽しみ会に入り、手作りの万華鏡製作をし、一人一人異なった美しい模様の見える作品が出来上がりました。次に、前日から庭に用意した大、小4つのプールで、小学生グループ、3~5才グループ、赤ちゃんグループに分かれ、水遊びを楽しみ、子どもたちは大はしゃぎでした。

充分水遊びをした後、前日から冷やしておいた大きなスイカ2つを庭に並べ、スイカ割り大会をしました。小学生たちは目隠しをして挑戦し、小さい子どもたちは目隠しなしの軽いバットで一生懸命スイカを叩きました。けれども、スイカは頑丈で、ひびはできましたが割れるところまで行きませんでした。スイカわり大会終了後、早速そのスイカを切り分け、みんなでお庭に座っていただきました。とっても甘いスイカで子どもたちは大満足でした。

最後に、集会室に戻り、黒田先生にお祈りをしていただき、夏期学校を閉じました。

教会員の皆様のお祈り、また、ご協力くださったご家族御方々にも感謝申し上げます。夏期学校に参加した子どもたちやそのご家族の上に、これからの神様のお導きとお守りが豊かにありますように、教師一同お祈りいたします。

2019年9月 真の謙遜

だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。(ルカによる福音書14章11節)

 牧師 黒 田 浩 史

ある安息日のことでした。イエス様は食事のためにファリサイ派のある議員の家にお入りになりましたが、人々はイエスの様子をうかがっていました。

イエス様は、招待を受けた客が上席を選ぶ様子に気づいて、彼らにたとえを話されました。「婚宴に招待されたら、上席に着いてはならない。あなたよりも身分の高い人が招かれており、あなたやその人を招いた人が来て、『この方に席を譲ってください』と言うかもしれない。そのとき、あなたは恥をかいて末席に着くことになる。招待を受けたら、むしろ末席に行って座りなさい。そうすると、あなたを招いた人が来て、『さあ、もっと上席に進んでください』と言うだろう。そのときは、同席の人みんなの前で面目を施すことになる。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。」(ルカ14:8-11)

また、イエス様は招いてくれた人にも言われました。「昼食や夕食の会を催すときには、友人も、兄弟も、親類も、近所の金持ちも呼んではならない。その人たちも、あなたを招いてお返しをするかも知れないからである。宴会を催すときには、むしろ、貧しい人、体の不自由な人、足の不自由な人、目の見えない人を招きなさい。そうすれば、その人たちはお返しができないから、あなたは幸いだ。正しい者たちが復活するとき、あなたは報われる。」(ルカ14:12-14)

わたしたちも、へりくだって謙遜になり、神様によって高めていただけるようになりたいものです。

2019年8月 愚かな金持ち

有り余るほど物を持っていても、人の命は財産によってどうすることもできない。(ルカによる福音書12章15節)

牧師 黒 田 浩 史

ある時、群衆の一人がイエス様に言いました。「先生、わたしにも遺産を分けてくれるように兄弟に言ってください。」

イエス様はその人に言われました。「だれがわたしを、あなたがたの裁判官や調停人に任命したのか。」

そして、一同に言われました。「どんな貪欲にも注意を払い、用心しなさい。有り余るほど物を持っていても、人の命は財産によってどうすることもできないからである。」

それから、イエス様はたとえを話されました。「ある金持ちの畑が豊作だった。金持ちは、『どうしよう。作物をしまっておく場所がない』と思い巡らしたが、やがて言った。『こうしよう。倉を壊して、もっと大きいのを建て、そこに穀物や財産をみなしまい、こう自分に言ってやるのだ。「さあ、これから先何年も生きていけるだけの蓄えができたぞ。ひと休みして、食べたり飲んだりして楽しめ」と。』しかし神は、『愚かな者よ、今夜、お前の命は取り上げられる。お前が用意した物は、いったいだれのものになるのか』と言われた。自分のために富を積んでも、神の前に豊かにならない者はこのとおりだ。」(ルカ12:13-21)

それから、イエス様は弟子たちに言われました。「だれか、言っておく。命のことで何を食べようか、体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切だ。」(ルカ12:22-23)

そして、「自分の持ち物を売り払って施しなさい。擦り切れることのない財布を作り、尽きることのない富を天に積みなさい。そこは、盗人も近寄らず、虫も食い荒らさない」と言われました。(ルカ12:33)

私たちも、「上にあるものを求め」(頃さい3:1 参照)、天に富を積めるようになりたいものです。

2019年7月 弟子として生きる

行きなさい。わたしはあなたがたを遣わす。(ルカによる福音書10章3節)

牧師 黒 田 浩 史

イエス様は十二人の弟子を呼び集め、あらゆる悪霊に打ち勝ち、病気をいやす力と権能をお授けになりました。十二人は出かけて行き、村から村へと巡り歩きながら、至るところで福音を告げ知らせ、病気をいやしました。(ルカ9:1,6参照)

イエス様はほかに七十二人を任命し、御自分が行くつもりのすべての町や村に二人ずつ先に遣わされました。そして、彼らに言われました。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫のために働き手を送ってくださるように、収穫の主に根が居なさい。行きなさい。わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに小羊を送り込むようなものだ。財布も袋も履物も持って行くな。途中でだれにも挨拶をするな。どこかの家に入ったら、まず、『この家に平和があるように』と言いなさい。

平和の子がそこにいるなら、あなたがたの願う平和はその人にとどまる。もし、いなければ、その平和はあなたがたに戻ってくる。その家に泊まって、そこで出される物を食べ、また飲みなさい。働く者が報酬を受けるのは当然だからである。家から家へと渡り歩くな。どこかの町に入り、迎え入れられたら、出される物を食べ、その町の病人をいやし、また、『神の国はあなたがたに近づいた』と言いなさい。」(ルカ10:1-9参照)

イエス様によって遣わされた七十二人は喜んで帰って来て、こう言いました。「主よ、お名前を使うと、悪霊さえもわたしたちに屈服します。」

イエス様は言われました。「わたしは、サタンが稲妻のように天から落ちるのを見ていた。蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を、わたしはあなたがたに授けた。だから、あなたがたに害を加えるものは何一つない。しかし、悪霊があなたがたに服従するからといって、喜んではならない。むしろ、あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい。」(ルカ10:17-20参照)

イエス様の弟子である私たちも、それぞれの場所に遣わされています。イエス様の教えに従い、神の国の働き手として働き、豊かな収穫を得ることができるようになりたいものです。

日曜学校日礼拝

毎年日本キリスト教会では、5月第一主日礼拝を「日曜学校日礼拝」として守っています。信者の多くの方々が日曜学校の経験があり、子どものころに教会で過ごして思い出が信仰告白へと導かれるきっかけとなることが多いのです。そこで、この日に日曜学校の活動に思いを寄せ、大会教育委員会に献金をささげるとともに、信仰の継承が確実になされるよう祈り求めています。

住吉教会では、黒田牧師のご指導もあり、子どもと大人の合同礼拝を具体化する場としてここ数年力を入れているところです。礼拝の中で牧師先生による子どもたち一人一人への祝福を与え、教会員へは日曜学校に来ている子どもたちの紹介をし、子どもたちの保護者には教会に足をお運びいただき共に礼拝をささげる機会としています。

今年は、10連休のほぼ最後となる5月5日となりました。お説教は「イエス様大好き」との題で子どもたちにもわかりやすいお話をしていただき、讃美歌も子ども讃美歌を歌うなどいたしました。黒田先生による祝福の後、子どもたちと保護者の紹介をし、教会員にも覚えていただくようにしました。その後、出席した子どもたちに日曜学校からお菓子のプレゼントを渡しました。礼拝後には庭に出て、記念の写真を撮ってもらいました。 こうした機会が、少しでも伝道のお役に立つようにと、日曜学校教師一同願っています。

2019年6月 全世界への派遣

イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。(使徒言行録1章9節)  

牧師 黒 田 浩 史

イエス様は、復活された後、四十日にわたって弟子たちにお姿を現わされました。

ルカによる福音書には次のように書いてあります。

イエス様は言われた。「わたしについてモーセの律法と預言者の書と詩編に書いてある事柄は、必ずすべて実現する。これこそ、まだあなたがたと一緒にいたころ、言っておいたことである。」そしてイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心の目を開いて、言われた。『メシアは苦しみを受け、三日目に死者の中から復活する。また、罪の赦しを得させる悔い改めが、その名によってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる』と。エルサレムから始めて、あなたがたはこれらのことの証人となる。わたしは、父が約束されたものをあなたがたに送る。高い所からの力に覆われるまでは、都にとどまっていなさい。」

イエスは、そこから彼らをベタニアの辺りまで連れて行き、手を上げて祝福された。そして、祝福しながら彼らを離れ、天に上げられた。彼らはイエスを伏し拝んだ後、大喜びでエルサレムに帰り、絶えず神殿の境内にいて、神をほめたたえていた。(ルカ24:44-53)

使徒言行録にもイエス様の昇天の様子が記されています。

イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。そして、彼らと食事を共にしていたとき、こう命じられた。「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられるからである。」

さて、使徒たちは集まって、「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」と尋ねた。イエスは言われた。「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。(使徒言行録1:3-9)

この後、イエス様が約束されたとおりに地上に聖霊が降り、教会が誕生しました。(使徒言行録2:1-4参照)

墓前礼拝・埋葬式

4月28日(日)主礼拝の後、和やかな交わりの昼食の後、12時30分に教会を出発しました。新緑が彩る山なみ、さわやかな風をうけて、鵯越墓園において墓前礼拝と埋葬式が持たれました。讃美歌488番を讃美し、聖書ヨハネによる福音書11章38~44節が朗読され、黒田牧師により「死者の復活」と題して礼拝が守られました。私たちもイエスさまと同じ復活の姿にされ、希望のうちに生きた先人の信仰を偲び希望をもって生き、その備えをさせて下さいとの願いと感謝の祈りが献げられました。

その後、昨年亡くなられた姉妹の埋葬がご家族に見守られて堂塔に納められました。来年の再会を胸に、午後2時に出発し、無事2時45分教会に到着しました。 恵みとお守りを心から感謝いたします。

イースター祝会

4月21日(日)暖かい春の陽がふりそそぎ、あざやかな花の咲く庭で、イースターハンティングを楽しんでいる子どもたちの明るい声が響きわたったイースターの朝、「復活して生きる」と題して、黒田先生よりみことばをお聴きし、讃美と感謝をもって礼拝を守りました。礼拝後、庭で記念写真を撮影、集会室にてイースター祝会と転入者の歓迎会を持ちました。

N長老の司会により黙祷、ハンドベルの喜ばしい鐘の音と主イエス復活の喜びを讃美する讃美歌21-331番を共に歌い、オープニングが告げられました。

聖書ローマの信徒への手紙6章3~11節が朗読され、司会者による祈りが献げられました。

久し振りに来られた方々と会食を共にし、交わりに花が咲き盛りあがりました。その後、E姉によって「花」と「アメージング・グレース」が披露され、澄みきった美しい歌声が会場一杯に広がり、喜びに満たされました。

今年の1月に新たに転入されたI兄への歓迎のことばとして、H長老よりご一緒に礼拝を守ることができて感謝です。大歓迎いたしますと私たちの気持ちを代表して話して下さいました。

その他、久しぶりに出席された兄弟姉妹たちから近況をお聞きすることができました。

N長老からはどのようにしてイースターの日が決まるのかを教えていただきました。

春分の日から数えて次の満月の次の日曜日がイースターだそうです。イースターの夜空を見上げてみてはいかがでしょうか。

讃美歌「うるわしの白百合を」讃美し、小室洋子長老の感謝の祈祷をもって閉会をいたしました。

最初から最後まで聖霊に満たされ、恵みの中にあって和やかな会を持つことができましたことを感謝いたします。