教会の歩み

1.教会成立に至るまで

1859年、まだキリシタン禁教の時代に、日本にキリストの福音を伝えるために、米国長老派教会の宣教師が来日したことにより、日本基督教会が生み出されました。

住吉教会の成立は、1917年に、日本基督教会神港教会(現在の日本キリスト改革派神港教会)が新会堂を建てることになり、まだ10年しか使用されていなかった旧会堂を、米国南長老教会伝道局が武庫郡住吉村発行田の地に移築し、住吉伝道所として、1917年11月4日に伝道を開始したことに端を発しました。伝道所の責任者は宣教師のブカナンで、専従伝道者は神戸神学校卒業の笹森修一教師でした。

1917年(大正6年)11月献堂の教会堂

1922年には、笹森牧師の辞職後に、今村好太郎教師が就職しました。今村教師は、神戸神学校で教授しながら、伝道に従事し、1923年には、待望の自給独立の教会となり、その後も堅実な発展を遂げて行きました。

1937年(昭和12年)3月献堂の教会堂

1948年(昭和23年)9月献堂の教会堂

1951年には、戦時中に強制加入させられた日本基督教団から離脱し、新たに組織された日本キリスト教会に属し、現在に至っています。

日本キリスト教会は、宗教改革者ジャン・カルヴァンの流れをくむ改革長老主義の教会で、日本におけるプロテスタント教会最古の伝統と使命を継承しています。

 

1957年(昭和32年)4月献堂の教会堂

2.阪神・淡路大震災と教会

住吉教会は、1938年の阪神大水害、1945年の神戸大空襲において会堂を焼失し、危機を乗り越えて来ました。特に、記憶に新しいのは、1995年1月17日の阪神・淡路大震災です。教会員の中にも家族と死別された方、家屋の下敷きとなり救出された方、家を失い心と体に傷を受けた方々がいました。

全壊した1957年(昭和32年)の会堂

被災当時、住吉教会の会堂は、柱が折れ、全壊となり修理不可能となった時、復興のための祈りが沸き起こり、日本キリスト教会の中会では被災対策事務局が設けられ、全国から救援物資を送って頂き、住吉教会自体が救援ボランティア基地として、近隣の方々に炊き出し等の奉仕を為しました。そして、新会堂も、教会員の方々の献金と全国の日本キリスト教会の方々の献金と更に日本基督教団内の改革派(長老制度)系列の諸教会、教友の方々の献金によって再建することが出来ました。

1995年(平成7年)に新築した会堂

3.新しい時代に向かって

住吉教会は、祈りと愛と信仰によって立ち続け、御言葉を宣べ伝えています。新しい礼拝堂は天井が高く、和らぐ色彩であり、庭には芝生が広がっています。しかし、重要なのは立地条件や建物等のハード面だけではなく、人々の救いのために祈り、仕えているかということです。神の栄光を賛美し、高齢の方々や病いの中にある方々のために祈り、キリストの福音を宣べ伝えるため、神戸の東灘を中心にした地域の方々に開かれた教会を形成して行きたいと願っています。

2017年9月撮影